殺人の種類
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報復刑
2殺人の種類
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القصاص – أقسام القتل
[اللغة اليابانية ]
ムハンマド・ブン・イブラーヒーム・アッ=トゥワイジリー
محمد بن إبراهيم التويجري
翻訳者: サイード佐藤
ترجمة: سعيد ساتو
校閲者: ファーティマ佐藤
مراجعة: فاطمة ساتو
海外ダアワ啓発援助オフィス組織(リヤド市ラブワ地区)
المكتب التعاوني للدعوة وتوعية الجاليات بالربوة بمدينة الرياض
1429 – 2008
2-殺人の種類
● 殺人の区分:
殺人は3つに区分されます:①故意の殺人、②故意の殺人に準じるもの、③過失の殺人。
① 故意の殺人
● 故意の殺人とは:加害者がその目的を持ちつつ、殺傷力が十分であると思われる物を用いて、生命を保証されている人間と分かっている者を殺害することです。
● 故意の殺人の形:
故意の殺人には以下のような例があります:
1-ナイフや槍、拳銃など肉体に損傷を及ぼす物を用いて他人に傷を負わせ、それが原因で被害者が命を落とすこと。
2-大きな石や太い棒などの重い物でもって他人を殴打したり、または車両で衝突したり、あるいは壁の下敷きにしたりし、それが原因で被害者が命を落とすこと。
3-他人を水の中に突き落として溺死させたり、火の中に放り込んで焼死させたり、あるいは監禁して飲食を禁じたりなど、その者が生き延びれないような状況に陥れて殺害すること。
4-紐などで他人の首を絞めたり、口を塞いだりして殺害すること。
5-他人をライオンなどの檻に放り込んだり、あるいは蛇や犬に噛み付かせるなどし、それが原因で被害者が命を落とすこと。
6-被害者が分からないように毒を飲ませ、殺害すること。
7-致死効果のある魔法やまじないなどを用いて被害者を殺害すること。
8-他人に対し死刑が義務付けられるような罪を2人の証人に偽証させて着せ、その結果被害者が死亡したものの、その証人らが真相を明かしたり、あるいは証拠が嘘であることが判明するなどして殺害の意図が明るみに出ること。
● 故意の殺人に対して行われるべきこと:
故意の殺人には、報復刑が科されます。つまり加害者の死刑です。
被害者の遺族[1]は報復刑の実行か血債、あるいは赦免のいずれかを選択することが可能ですが、赦免してやるのが最善です。
1-至高のアッラーは仰られました:-そしていずれも大目に見てやることが、よりタクワーに近いのである。,(クルアーン2:237)
2-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“・・・そして身内を殺された者には、2つの選択肢がある:賠償をさせるか、あるいは(加害者に報復して)殺すか・・・"」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[2])
3-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“サダカ(施し)は財産を減らしはせず、またしもべが(他人の過ちを)赦せば、アッラーがその者の威信を高めないことはない。そしてアッラーは、慎ましくする者(の位階)を上げて下さるのだ。"」(ムスリムの伝承[3])
● 命の報復に関する条件:
命の報復に関する条件は以下の通りです:
1-殺害された者が生命権を保障されている者であること:もし被害者が戦争状態にあるムスリムや棄教者、あるいは既婚者で姦淫を犯した者であったりした場合、加害者には報復刑も血債も科されません。但し統治者に不服従を働いた罪として、裁量刑が科されます。
2-加害者が健常な理性を備えた成年[4]で、故意に殺人したこと:ゆえに未成年者や精神的な異常をきたしている者、過失によって殺人を犯した者などは報復刑ではなく、血債を科されることになります。
3-犯行時の加害者と被害者の状態が同等であること:すなわち宗教の一致のことです。尚性別の相違はこれに該当せず、男性が女性を故意に殺害しても、あるいはその逆でも報復刑は科されます。
尚ムスリムは男女の別なく、イスラーム法治国家においては非ムスリムの殺害ゆえに報復刑で死刑になることはありません。それはその非ムスリムがズィンミー[5]であろうと、そのイスラーム法治国家と安全条約や休戦条約などを結んでいる非イスラーム国の出身者であろうと、またはイスラーム法治国家に一定期間滞在する許可を得ている者であろうと、あるいはそのイスラーム法治国家と戦争中の国の出身者であろうと、棄教者であろうと同様なのです。
アブー・ジュハイファ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私は、アリーにこう言いました:“あなた方のところに(預言者の言葉を記録した)書はありますか?"(アリーは)言いました:“いや。アッラーの書(クルアーン)と、ムスリムが与えられた理解だけだ。それとこの紙片に書かれているものも。"」(アブー・ジュハイファは)言いました:「私は(アリーに)言いました:“それではその紙片には何が書いてあるのですか?"(アリーは)言いました:“血債と捕虜の解放(について)だ。そしてムスリムは非ムスリムゆえに(報復で)殺されることはない。"」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[6])
4-被害者が加害者の子供ではないこと:父親及びその尊属は、男女の別を問わずその子供及びその卑属ゆえに報復刑を科されることはありません。一方子供が親を殺害した場合、加害者の遺族が赦免しない限り報復刑が科されます。
● 上記のいずれかの条件を満たしていない場合、報復刑は科されません。そしてその代わりに重度の血債[7]が義務付けられます。
● 命による報復刑の執行条件:
1-被害者の遺族が健常な理性を備えた成人であること。そしてもし被害者の遺族が年少者や不在者であった場合、年少者であれば成人するまで、不在者であれば彼がやって来るまで加害者は拘束されます。そしてその時期が来たら、報復の刑を執行するか、血債を支払わせるか、あるいは赦免するか選択するのです。
一方もし遺族のある者が精神的に正常でない場合、その状態が回復するまで待機したりはしません。そのような場合、その者は報復の刑の執行要求権を有しないことになります。
2-被害者の遺族の全員が報復刑の執行に合意すること。ある遺族の者たちが、他の遺族の合意なしに報復刑の執行を要請することはできません。そして遺族の内の1人でも赦免の意思を表明するならば、報復刑の執行は取り消され、代わりに最上限の血債が義務付けられます。
3-その報復刑の実行が、加害者以外の者の権利の侵犯につながらないこと。例えば妊娠中の女性に報復刑が科された場合、彼女の出産が済み、授乳期が終了しない内は刑の執行は許されません。乳母が見つかった場合はその限りではありませんが、そうでなければ子供が離乳するまで刑の執行を猶予しなければなりません。
● これらの条件が全て揃ったら、報復刑の執行が許されます。そうでなければ執行は不可能なのです。
● 未成年や精神的に正常でない者の殺人:
未成年や精神的に正常でない者が殺人を犯した場合、報復刑は執行されません。その代わりに彼ら自身が贖罪をし、彼らの相続人の関係にある男性親族に被害者の遺族への血債の支払いが義務付けられます。
また未成年や精神的に正常でない者が誰かに命じられて殺人を犯した場合は、それを命じた者のみが報復刑に科せられます。この場合命令されて殺害を実行した彼らは、ちょうど命じた者の殺害道具の役割を担ったと見なされるからです。
● 殺害に複数の者が関与した場合:
例えば片方がある者を取り押さえ、もう片方が故意にその者を殺害したならば、殺害した者に関しては報復の刑が科されます。
一方取り押さえていた者は、もし犯行の際に殺害者が自分の取り押さえている者を殺害すると知っていた場合において、殺害者と共に報復の刑に処されます。しかし彼がその者を殺害することを知らなかった場合は報復刑は科されず、裁判官[8]は懲戒の意味としてその者を拘禁刑に処します。
● 殺害を強制された場合:
誰かを強制して生命権を保証されている者を殺害した場合、その両方に報復刑が科されます。
至高のアッラーはこう仰られました:-報復刑(の定め)にこそ、あなた方の生命(の安全)があるのだ。理知を備える者たちよ、あなた方は(不当な殺害や傷害から)慎むことであろう。,(クルアーン2:179)
● ジャーヒリーヤ(無明時代)の裁決:
多くの非ムスリム国はいわゆるその先進性と犯罪者への慈悲ゆえに、殺人の刑罰を拘禁刑と定めています。そしてその一方では、命を落とした被害者への慈しみを忘れています。
また彼らを支え、面倒を見てくれる大事な者を失った家族と子供たちへの慈悲を、そして犯罪者によって生命や尊厳や財産を脅かされている人類への慈悲を忘れています。
こうして悪がはびこり、殺人は増加し、犯罪は多様化するのです。
至高のアッラーはこう仰られました:-一体彼らは、ジャーヒリーヤ(無明時代)の裁決を望むというのか?(アッラーを)確信する者にとっては、裁決においてかれに優るものなどいないというのに。,(クルアーン5:50)
● 命による報復刑が科される殺人罪の立証:
命による報復刑は以下の条件によって立証されます:
1-殺人犯が殺害を自認すること。
2-宗教を遵守し常識を備えた男性2人が、犯行を証言すること。あるいは殺人の告発に関する誓願(詳細は後述されます)。
● 命による報復刑の執行:
命による報復刑が立証されたら、被害者側の遺族がその執行をイスラーム国の統治者かその代理人に要請した場合において、彼はそれを執行しなければなりません。尚報復刑の執行には、イスラーム国の権威かその代理人が立ち会う必要があります。
また死刑は断首刑の場合、刀などの鋭利な刃物を用います。もし遺族が、加害者が殺害されたのと同様の形での報復刑の執行を望む場合は、そうします。
1-シャッダード・ブン・アウス(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私は、アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)から2つのことを教えてもらった。(それは彼のこの言葉に含まれているものである:)“アッラーは全てにおいて善行をお命じになられた。それで殺生する時にはよき殺生をし、屠殺する時にもよき屠殺をするのだ。刃物を研ぎ、犠牲(が感じる痛み)を和らげよ。"」(ムスリムの伝承[9])
2-アナス(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、あるユダヤ教徒の男が奴隷女性の頭部を2つの石で挟んで傷を負わせました。人々は彼女に、「誰にやられたのだ?何某か?それとも何某か?」と訊ねましたが、件のユダヤ教徒の名が言及されると、彼女は頷きました。そしてそのユダヤ教徒は捕まえられて犯罪を認め、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は彼の頭部を2つの石で挟むことを命じました。(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[10])
● 被害者の遺族:
被害者の遺族は報復刑の執行と赦免のいずれかを選択出来ます:
被害者の遺族とは老若男女の別を問わず、被害者の相続人全員です。
それで彼ら全員が報復刑の執行で一致するならばそれは執行される運びとなり、加害者の赦免で一致するならば報復刑の執行は取りやめになります。そして彼らの内の誰か1人でも赦免を主張する者がいれば、例え残りの全員が報復刑の執行を主張していても、刑の執行は免除されます。
しかしもし報復刑の執行を取り消そうとする策略が増加し、また赦免の余りの増加によって平和が乱される恐れがあるような場合には、赦免の権利を男性の相続人のみに限定する措置を取ることも可能です。
● 故意の殺人の血債:
被害者の遺族が加害者の刑を血債に減免する場合、加害者の財産から重度の血債‐つまりラクダ100頭‐が支払わなければなりません。
預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「信仰者を故意に殺害した者は、被害者の遺族に引き渡される。そしてもし彼らが望むなら(その者を報復の刑によって)死刑とし、あるいは望むなら血債を支払わせてもよい。(そして血債の額は)3歳の雌ラクダ30頭、4歳の雌ラクダ30頭、妊娠中のラクダ40頭であるが、示談によって合意するのであればそれもよかろう。そしてそれ(前述の血債の額)は、代償を厳しくするためのものである。」(アッ=ティルミズィーとイブン・マージャの伝承[11])
● 被害者の遺族が故意の殺人ゆえに受け取る血債は、殺人によって科されるものではなく、あくまで報復刑の代償です。そして遺族はその額を示談によって合意したり、または増減させたり、あるいは完全に赦免することも出来ます。
● 故意の殺人の血債:
現在サウジアラビア王国では、故意の殺人におけるムスリム男性の血債の額を120000サウジリヤル[12]と定めています。女性の場合はこの半額です。
被害者の遺族はこれよりも多額、あるいは少額の血債を請求することが出来ますし、また完全に赦免してやることも出来ます。
● 故意の殺人に関する様々な法規定:
1-集団で1人の者を殺害した場合、彼ら全員に報復の刑が科せられます。そしてもし彼らから報復の刑が免除されたら、1人分の血債を支払います。
またもし未成年や精神的に正常な状態にない者などのように責任能力を問われない者が命じられて殺人を犯したり、あるいは殺人の非合法性を知らぬままに命じられて殺害を犯してしまったような場合、報復の刑あるいは血債が科されるのは殺害を命じた者のみです。但し命じられて殺害した者が責任能力を問われる状態にあり、かつ殺人の非合法性を心得ていた場合、刑罰を問われるのはそれを命じた者ではなく殺害した張本人となります。
2-2人の者が殺害で共謀したものの、その内の片方がもし単独でその被害者を殺害していたら報復刑が科されないような者‐例えば被害者の父親や、あるいは非ムスリムの被害者に対するムスリムの加害者など‐であった場合、報復刑はその者を除くもう片方の者にだけ科されます。そして報復刑が適用されないその者に関しては、裁判官の裁量による刑罰が科されることになります。
尚もし刑罰が報復刑から血債に減免されたら、本来報復刑が科されない者ではないもう一方の者に、故意の殺人の血債額の半分が科せられます。
3-自分が相続人の関係にある者を殺害した場合、それが故意であった場合において加害者の相続権は喪失します。
● 殺人の告発に関する誓願とは:生命権を保障されている者の殺害を告発された際の、連続的誓願のことです。
● 殺人の告発に関する誓願に関する法規定:
犯人不明の殺人事件において誰かがその犯行を告発され、その者に何のアリバイもなく、しかもそれを告発した者の正当性を裏付けるだけの証拠が揃った場合、殺人の告発に関する誓願は合法となります。
● 殺人の告発に関する誓願の条件:
以下のような要因が認められたら、殺人の告発に関する誓願を行う下地は出来たことになります:
① 被疑者の被害者に対する敵意。
② 被疑者が既に他の殺人犯として知られていること。
③ 被疑者の被害者との仲違いやその者に対する誹謗など、明確な原因。
そして被害者の遺族は、その告発において皆一致している必要があります。
● 殺人の告発に関する誓願の形:
条件が揃ったら、告発者から開始して50人の男性が「何某が何某の殺人犯です」と各々宣誓‐つまり計50回の宣誓‐をします。これで被疑者に報復の刑が科されることになりますが、もし宣誓がされなかったり、あるいは50回の完遂を見なかったりした場合、告発した側の了承の上で被疑者が(自分が無実であるという)50回の宣誓をすれば、その者の無実が認められます。
もし被害者の遺族が宣誓をせず、また被疑者が宣誓をすることにも了承しなかった場合、統治者[13]がイスラーム国家の国庫から被害者の血債を拠出します。それは、法で保障された生命が無駄に奪われてしまうことにならないようにするためです。
● 故意に自殺した者に関する法規定:
人はいかなる手段によっても、自殺してはなりません。自らの選択で自殺する者の懲罰は、地獄に永遠に留まることです。
アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「山から飛び降りて自殺した者は、地獄の業火の中で永遠に飛び降り続ける。また毒を服用して自殺した者は地獄の業火の中でその毒を手にし、永遠にそれを服用し続ける。そして鉄片で自殺した者は地獄の業火の中でその鉄片を手にし、永遠にそれで腹部を刺し続ける。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[14])
● 故意に殺人を犯した者の悔悟に関して:
故意に殺人を犯した者でも悔悟すれば、アッラーはそれを受けて入れて下さるでしょう。しかしアッラーのお赦しが報復刑の執行を禁じるということではありません。というのも殺人は人間間の権利の侵害であるからです。故意の殺人には、3つの権利が関連しています:つまり①アッラーの権利と、②被害者の権利と、③その遺族の権利です。
ゆえに殺人犯が自らの行いを反省し、アッラーを畏れつつ真の悔悟をもって自分の身を被害者の遺族の元に引き渡した場合、その悔悟によってアッラーに対する権利は果たされるでしょう。そして遺族が刑を執行するか、加害者と示談するか、あるいは赦免するかすれば、遺族に対する権利も果たしたことになります。そして残るは被害者に対する権利のみとなるのです。
また他人の権利に対する侵害に関し、直接本人に許しを求めるのは正しい悔悟の1条件ですが、殺人に関してはそれはこの世では不可能です。ゆえにこの点に関しては、崇高なるアッラーのご意志に委ねられることとなります。そしてそのご慈悲は、この上なく広大なのです。
② 故意の殺人に準じるもの
● 故意の殺人に準じるものとは:生命を保証されている人間に対し、鞭や細い棒、あるいは殴打など通常殺害には至らない物による力の行使を意図し、それによって被害者が死亡してしまうことです。つまり殴打を意図したものの、殺害は意図していなかった類のもので、これは故意の殺人に準じるものと見なされ、報復刑は科されません。
● 故意の殺人に準じるものの法的見解:
故意の殺人に準じるものは、生命を保証された人間の権利を侵害するものゆえ非合法です。
● 故意の殺人に準じるものによって科されるもの:
故意の殺人に準じるもの及び過失による殺人には、血債とともに贖罪も科せられます。一方故意の殺人には贖罪は科されませんが、それはその罪のひどさと醜悪さゆえに贖罪では罪滅ぼしをすることが不可能だからです。
● 故意の殺人に準じるものには、以下に示す重度の血債と贖罪が科されます:
1-重度の血債:100頭のラクダです。内40頭は妊娠中でなければなりません。預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「・・・鞭や棒など(による殴打などで起きた)故意の殺人に準じる過失の血債は、ラクダ100頭である:そして内40頭は妊娠中の雌ラクダとしなければならない。」(アブー・ダーウードとイブン・マージャの伝承[15])
前述通りこの血債、あるいはそれと同価値の物を負担するのは、加害者の男系親族相続人です。尚その支払い期間は3年以内です。
2-贖罪:ムスリムの奴隷を1人解放することです。もし奴隷がいなかったら連続2ヶ月のサウム(斎戒、いわゆる断食)をします。
● 殺人の法規定間の相違の理由:
故意の殺人に準じるものに報復刑が科されないのは、加害者が殺害を意図してはいなかったためです。その代わりに科される血債は失われた生命の保証の意味を有し、それが重度のものとして科されるのは、加害者に被害者に対する権利の侵犯が存在していたためです。そして血債を加害者の男系親族相続人が負担するのは、彼らがその者にとっての親族で援助者であるからです。また加害者自身に贖罪‐奴隷の解放にせよサウム(断食)にせよ‐が科されるのは、彼自身の罪滅ぼしのためなのです。
● 被害者の遺族は血債の支払いを免除してやることが推奨されます。一方贖罪が加害者から免除されることはありません。
● 死体解剖に関して:
故人の権利と他人の権利の侵害という病から集団を保護することを目的として、犯罪や事件における死亡原因の解明などの必要性ゆえに死体解剖することは許されています。
また病気の解明や医学的目的といった必要性ゆえに死体解剖することも、許されます。
● 暗殺に関して:
暗殺とは:策略や姦計などを用いて被害者を故意に、暴行殺害することです。例としては、犯行が明るみに出ないように誰かを騙して人目のつかない場所へ連れて行って殺害したり、あるいはお金を強奪した上で殺害したりすることです。
このような殺人は暗殺であり、大罪です。殺人犯はムスリムであろうと非ムスリムであろうと、報復刑ではなく固定刑による死刑を科されます。またいかなる者もそのような凶悪犯の刑の赦免を許すことは出来ず、遺族にもまた赦免する選択権が与えられません。
● 暴漢の手を逃れ、その際に正当防衛によってその者の命を奪ってしまったり、あるいはその身体に損傷を与えてしまったような場合、血債は科されません。
③ 過失の殺人
● 過失の殺人とは:意図せずに、生命を保証されている人間を殺害してしまうことです。例えば狩猟や投擲などの際に、誤って人を殺傷してしまうことなどが挙げられます。尚、未成年や精神的に正常ではない者の殺人、死亡事故の原因を作ったことによる殺人もここに含まれます。
● 過失の殺人の区分:
過失の殺人は2種類に分けられます:
1-加害者には贖罪が科せられ、その男系親族相続人には血債が科せられる類のもの:これは非戦闘状態において誤ってムスリムを殺害してしまったり、あるいは被害者が安全協定を結んでいる国出身の非ムスリムであるような場合です。このような場合加害者の男系親族相続人には軽度の血債が科せられ、加害者自身には贖罪が科されます。その詳細は以下の通りです:
① 軽度の血債とは:ラクダ100頭です。アムル・ブン・アル=アース(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は、過失で殺人を犯した者に1歳の雌ラクダ30頭、2歳の雌ラクダ30頭、3歳の雌ラクダ30歳、1歳の雄ラクダ10頭からなる100頭のラクダを代償として定めた。」(アブー・ダーウードとイブン・マージャの伝承[16])
加害者の男性親族相続人には、血債かあるいはその時代に応じた血債と相応の額が科されます。現在サウジアラビア王国では、過失の殺人におけるムスリム男性の血債の額を100000サウジリヤル[17]と定めています。女性の場合はこの半額です。そして血債の支払い期間は3年以内となります。
② 贖罪とは:ムスリムの奴隷解放のことで、それが叶わなければ連続2ヶ月間のサウム(いわゆる断食)を行います。尚贖罪は加害者本人に科せられますが、それは彼の罪滅ぼしのためなのです。
被害者の遺族は、加害者から血債を免じてやることが推奨されています。そうすることで、偉大かつ荘厳なるアッラーからの報奨があるでしょう。尚血債は赦免されることがあり得ますが、贖罪が加害者から免除されることはありません。
2-贖罪のみが科される類のもの:交戦状態にある非ムスリムの中にいたムスリムを、敵と思って殺してしまうような場合のことです。このような場合血債はなく、加害者に贖罪‐ムスリムの奴隷解放で、それが叶わなければ連続2ヶ月間のサウム(いわゆる断食)‐のみが科されます。
至高のアッラーはこう仰られました:-信仰者が信仰者を殺害することなど、あってはならない。但し過失の場合は別で、誤って信仰者を1人殺してしまった者は被害者の遺族が赦免しない限り、信仰者の奴隷を1人解放し、そして(その男系親族相続人が)その遺族に血債を支払わなければならない。また(誤って殺害した者が)あなた方の敵である民の中にいた信仰者であったら、信仰者の奴隷を1人解放する。そして(誤って殺害した者が)あなた方との間に協定を結んでいる民であれば、(その男系親族相続人が)その遺族に血債を支払い、かつ信仰者の奴隷を1人解放する。そしてもし信仰者の奴隷がいなければ、アッラーへの悔悟として連続2ヶ月のサウム(斎戒、いわゆる断食を行う)。アッラーは全てをご存知になり、この上なく英明なるお方である。,(クルアーン5:92)
● 故人に課されたサウム(いわゆる断食)の遂行に関して:
ラマダーン月[18]のサウムや贖罪としての連続2ヶ月のサウム、あるいは誓願のサウムなどの義務を果たす前に他界してしまった場合、2つのケースが考えられます:
1-故人がサウムの遂行能力を備えていたにも関わらず、それを行わなかった場合:この場合は、その遺族(相続人)がその義務を遂行します。複数の者がいる場合はサウムを分割して‐例えば1日目は何某、2日目は何某、といった風に‐、連続で行うようにします。
2-故人がそもそも病気などの理由で、サウムを遂行する能力を備えていなかった場合:この場合はサウムの義務を果たすことも、食べ物を施す義務もありません。
アーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「サウムの義務を遂行しないまま他界した者に関しては、その遺族がその者のサウム(の義務を遂行)をするのだ。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[19])
● 男系親族相続人:
故意の殺人に準じるもの、あるいは過失の殺人の場合、血債は加害者の男系親族相続人に、そして贖罪は加害者自身に科されます。男系親族相続人とは縁戚関係の近縁や在不在を問わず、被害者の男性相続人全員です。被害者により近親の者がより多く支払うようにし、被害者の卑属や夫は含まれません。また血債が全額の3分の1より少ない額である場合、それは加害者の男系親族相続人には科されません。
● 血債において加害者の男系親族相続人が負担しないもの:
加害者の男系親族相続人は以下の血債を負担する義務がありません:
1-故意の殺人における加害者に科せられた血債。
2-奴隷の血債。
3-歯の血債など、全額の3分の1に達しない額の血債。
4-和解によるもの:殺人の罪を告発され、それを否定したものの、その争い自体を財産の支払いによる形で決着させた場合[20]、その和解金は男系親族相続人には科されません。
5-自認:故意の殺人の準じるもの、あるいは過失の殺人について自認することです。この場合、血債は加害者本人に科されます。
尚男系親族相続人でも、未成年や精神状態に異常がある者などの責任能力を問われないような者や貧困者、加害者と宗教を異にする者には血債は科されません。
[1] 訳者注:ここで言う「遺族」とは性別を問わず、被害者の死亡時にその者に対する相続権を有していた全ての親族のことです。
[2] サヒーフ・アル=ブハーリー(6880)、サヒーフ・ムスリム(1355)。文章はムスリムのもの。
[3] サヒーフ・ムスリム(2588)。
[4] 訳者注:イスラーム法における成人の兆候は次の5つの内のどれかです:①精通、②陰毛の出現、③年齢、④月経(女子のみ)、⑤妊娠(女子のみ)。尚③の年齢に関しては15歳、16歳、17歳、18歳など諸説ありますが、15歳が最有力な説とされているようです。
[5] 訳者注:ジズヤ税を支払い、その諸規定を遵守することを条件に、イスラーム法治国家に居住するムスリム以外の啓典の民あるいは非ムスリムのこと。
[6] サヒーフ・アル=ブハーリー(111)、サヒーフ・ムスリム(1370)。文章はアル=ブハーリーのもの。
[7] 訳者注:詳しくは、後述の「②故意の殺人に準じるもの」内の「重度の血債」をご覧下さい。
[8] 訳者注:イスラーム法で裁く裁判官のことです。
[9] サヒーフ・ムスリム(1955)。
[10] サヒーフ・アル=ブハーリー(2413)、サヒーフ・ムスリム(1672)。文章はアル=ブハーリーのもの。
[11] 良好な伝承。スナン・アッ=ティルミズィー(1387)、スナン・イブン・マージャ(2626)。文章はアッ=ティルミズィーのもの。
[12] 訳者注:日本円にして約346万円(2008年8月現在)。
[13] 訳者注:イスラーム法で裁く統治者のことです。そのような機関が存在しない非ムスリム国や地域に居住するムスリムは、そこにおけるイスラーム的権威である学者やイマームなどに依拠することになります。
[14] サヒーフ・アル=ブハーリー(5778)、サヒーフ・ムスリム(109)。文章はアル=ブハーリーのもの。
[15] 真正な伝承。スナン・アブー・ダーウード(4547)、スナン・イブン・マージャ(2628)。イルワーウ・アル=ガリール(2197)参照。文章はアブー・ダーウードのもの。
[16] 良好な伝承。スナン・アブー・ダーウード(4541)、スナン・イブン・マージャ(2630)。文章はアブー。ダーウードのもの。
[17] 訳者注:日本円にして約293万円(2008年8月現在)。
[18] 訳者注:ヒジュラ暦9月のこと。いわゆる断食月。
[19] サヒーフ・アル=ブハーリー(1952)、サヒーフ・ムスリム(1147)。
[20] 訳者注:詳しくは「ムアーマラート」の章の「⑨調停」を参照のこと。